東山町の名産品「紫雲石硯」とは? 唯一人残る製硯師が語るその歴史!
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日本の硯と言えば生産量日本一を誇り、品質においても高い評価を得ている宮城県雄勝の「雄勝硯」があります。
一関市東山にも書道家に愛される素晴らしい硯があるのを御存知だろうか?
今日紹介するのは東山名産品である「紫雲石硯」です。小豆色で紫雲状の斑紋がある貴重な「紫雲石」を使用した優美な魅力を持つ逸品。そして唯一人残る製硯師「佐藤鐵治」さんが語る紫雲石硯を紹介します。
本記事は、「一関市市役所 東山支社 産業経済課」様と製硯師「佐藤鐵治」様の取材への協力により作成に至りました。この場を借りて改めて感謝申し上げます。
※本記事は2020年に実施したインタビュー記事の再投稿になります。
かつて一般の人は採掘できなかった⁉︎紫雲石硯とは?
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まずは「紫雲石」、「紫雲石硯」がどんなものなのかを紹介していきます。
紫雲石(古生層輝緑凝灰岩)は、古生代(約5~3億年前)の海底火山の噴出物からなる堆積岩です。輝緑凝灰岩は硯石として様々な地域で利用されており、その中で紫雲石は中国で産出され最高級の硯石とされている「端渓席」と同じ古生代の輝緑凝灰岩です。
紫雲石は下記のような特徴を持っています。
- 色が小豆色で紫雲状の斑紋がある(これが名前の由来でもある)
- そして薄い紙状の層が重なりできており、容易に剥離しない
- 優美で硯材として最適である
- 産出量が極めて少ない同様の性質を持つ緑石も存在する。
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このような特徴を持つ紫雲石からなる「紫雲石硯」は、墨をする際にヤスリの働きをし硯の良し悪しを大きく左右する「鋒鋩(硯石を組成する分子の結合状態)」が非常に優れており、墨のおりがとても良いとされます。また暖かで気品のある良い潑墨をすることから重宝され、東京や京都などの書道家も紫雲石硯を購入しに訪れるほどです。その上品な色合いや硯に入る紫雲状の斑紋の美しさから観賞用として持っている方もいるとのこと。
紫雲石硯の歴史を辿っていくと、古くは奥州藤原氏や鎌倉時代から紫雲石材は利用されていたのではないかと言われています。また「安永風土記」によれば、享保8年(1723)に夏山三井の紫雲石に目をつけた仙台藩主伊達吉村公が、この産地を「お止め山」として一般の採取が禁止されました。藩によって採掘され仙台に運ばれた紫雲石は、お抱えの硯彫師によって製作され、一般に普及しない貴重でした。それほど仙台藩において紫雲石は、先に紹介した「雄勝硯」に用いられる玄昌石と並び他藩に誇る存在だった言われています。
東山銘品「紫雲石硯」はどのように継承されてきた?
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そんな貴重な「紫雲石硯」であるが、現在その製硯師は東山町田河津在住の「佐藤鐵治」さん1人となっています。
鐵治さんの紫雲石硯のルーツを遡ると最初に辿り着くのが山本儀兵衛氏です。雄勝硯の職人だった儀兵衛氏は明治11年から田河津夏山の地に入り、紫雲石の採掘や硯の製作、販路拡大など開拓に勤しみ夏山の硯石製作の基盤を確立させた人物になります。
その子供である製硯師の山本幸治郎氏は硯の製作に携わっており、儀兵衛氏が亡くなった後も夏山に残り硯の製作にあたっていました。しかし、妻が亡くなり、子供達も成人し他に出たため独り身となってしまったそうです。それを気の毒に思った鐵治さんの祖父 佐藤鐵三郎さんが引取、自宅の紙漉き部屋を作業場として硯製作を続けることになりました。そこから終戦後幸治郎氏の長男が迎えに訪れ仙台に移るまでの長きに渡り夏山での硯製作に尽力しました。
幸治郎氏が仙台に移ったことでその後継者が絶えてしまったが、それを残念に感じ硯作りを始めたのが鐵三郎さん。田河津村助役を退いたのを機会に硯作りを始めた鐵三郎さんでしたが、それまで硯作りの経験は無く最初は幸治郎氏のやり方を思い出し、見よう見まねで行っていたといいます。しかし、鐵三郎さんは以前から唐箕や籠、ザルを自作するなど手先が器用だったため次第にその腕をあげ、1、2年後には立派な作品を作り出し、その後全国各地の博覧会や物産展などにも出展するレベルになりました。
佐藤鐵三郎さんの硯作りは鐵治さんの父である佐藤幸雄さん、そして鐵治さんへと受け継がれ、鐵治さんで5代目となります。かつて夏山地区には5〜6人の製硯者がいたといたが、現在は紫雲石硯を製作しているのは鐵治さんのみです。
石選びが作品の成果を左右する⁉︎唯一人残る製硯師が語る紫雲石硯!
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紫雲石硯唯一人の製硯者である鐵治さんは教員として活躍した後、東山町議会議員を4期務めた経歴を持つ人物です。鐵治さんが本格的に硯作りを始めたのは教員退職後になるが、20歳前後から祖父鐵三郎さんに習い石選びや製作を行っており、そのキャリアは4代目の幸雄さんよりも長くなります。
鐵治さんが行う紫雲石硯作りは、石の採掘・運搬や原石を電動カッター切る以外は全てが手作業で行われます。かつてはこれらも全て手作業で行なっていたそうです。
その作業の中で鐵治さんが1番大変だと語るのが石選び。墨を扱う硯は、陸、海、波止と呼ばれる部分に亀裂があってはならない。そして石が硬すぎても墨が擦れず、逆に柔らかいと硯自体が駄目になるため絶妙な硬さが求められます。
「外に出ているものは雨風で風化して使えない! 地中に埋まっているものも掘ってみないとわからない!」、「掘ったものでも90%、悪く言うと95%が使えない! そこから実際に削ってみて駄目なモノもある」と石選びの難しさを語ってくれました。
良質な紫雲石を見分けるコツは、「石を見た時に鋒鋩が綺麗に入っているか」、「石を叩いた時の音」。素人目には分からない、長年の経験からくる職人の技が石選びにもある。
鐵治さんの硯作りは自宅脇にある作業場で行われる。作業場を染める赤い石かすが、長年の製作活動の歴史を伝えているかのようです。
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採れた原石の成形を終えると最初の作業がのみによる彫りです。それぞれ形の異なる円刃、直刃ののみを削る部分に合わせて巧みに使いこなします。「削る時は手だけでやっちゃいけない、肩にのみを当てて体全体で削るんだ」、「そのせいで肩にタコができて昔は恥ずかしかった」そう言ってのみを構えた鐵治さんは凛凛しく、まさに職人の顔をしていた。面を平に削る技術も流石としか言えません。
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それを終えると砥石や水ペーパーでの磨き作業に移る。粗さの違うものでじっくり磨き上げることで上品な光沢が生まれます。そこに漆で仕上げをして、優美な魅力をもつ紫雲石硯の完成となる。石採りを除くと通常サイズの硯を仕上げるのに早くても丸一日かかるとのことです。
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家に並べられるている鐵治さんの作品を拝見させていただくと、その大きさは小さい作品からブロックのように大きい作品までそれぞれです。また、縁などに趣向が凝らされている作品もあります。どれも優美な魅力を放ち、飾っているだけでも絵になる作品ばかりです。
そんな素晴らしい紫雲石硯を作り続けてきた鐵治さん。「この伝統をたやしてはならない」と地域の学校での講演なども行なって。言葉だけでなく、表情や手に残る職人の誇りともいえるタコから伝わる熱い思いや、物作り職人のカッコ良さを鐵治さんから教えていただきました。
本記事が地域に残る素晴らしい伝統の継承に少しでも貢献できれば幸いです。
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